ある晴れた日曜日の午後、私は何気なく洗面所で合わせ鏡を使い自分の後姿を確認しようとした瞬間に全身が凍りつくような衝撃を受けました。そこには以前の記憶よりも明らかに広範囲に地肌が露出し、渦を巻くはずのつむじが力なく散らばっている無残な自分の姿があり、それまで生え際ばかりを気にしていた私にとって、死角となっていた頭頂部の異変はまさに青天の霹靂であり、その日から私の頭の中はつむじのことだけで一杯になってしまいました。外出先でエスカレーターに乗れば後ろに立つ人の視線が気になり、オフィスで座っていれば背後を通る同僚が私の頭頂部を憐れみの目で見ているのではないかと被害妄想に陥る日々が続き、かつての自信に満ちた自分はどこかへ消え去り、鏡を見るたびに深いため息をつくのが日課となってしまったのです。しかし、ただ絶望していても髪が生えてくるわけではないと一念発起し、私は自分のつむじの状態を徹底的に記録することから始め、毎日同じ角度と同じ照明の下で写真を撮り続けることで、自分の髪がどのようなスピードで変化しているのかを客観的に観察し、同時にインターネットや書籍でつむじの薄毛に関するあらゆる情報を貪るように集めました。そこで分かったのは、自分の悩みが決して特別なものではなく、多くの男性が同じ苦しみを抱えながらも適切な処置によってそれを克服しているという事実であり、私は意を決して専門のクリニックの門を叩くことにしましたが、医師から告げられたのは早期発見であったため改善の見込みは十分にあるという力強い言葉でした。そこから始まった私の治療生活は、毎日の投薬と生活習慣の見直しという地道なものでしたが、数ヶ月が経過した頃、洗髪時の手応えが以前とは明らかに異なり、髪の一本一本がしっかりと自立しているような感覚を覚え、再び合わせ鏡で確認したとき、そこにはかつての寂しさはなく、新しい命が芽吹くような力強いつむじが戻りつつありました。あの日の絶望は、私に自分の体を大切にすることの重要性を教えてくれた貴重なアラートであったと今は思えますし、後頭部の悲劇を乗り越えた経験は、単に髪を取り戻しただけでなく、困難に立ち向かう勇気と自分を肯定する力を再び私に与えてくれたのです。
合わせ鏡で気づいた後頭部の悲劇